”『エリーゼのために』は『自分のために』でしょ。”『5つ数えれば君の夢』

 

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映画『5つ数えれば君の夢』予告編 - YouTube

学園映画は『桐島、部活やめるってよ』の登場でそれ以前とそれ以降に分けられた。『5つ数えれば君の夢』は『桐島』以降の学園映画の中で最も『桐島』的でない作品だろう。『桐島』では「学校=社会」の箱庭設定が徹底され、学校内部の人間関係、人物造形を実社会全体に当てはめられる一種開かれた作品だった。対して『5つ数えれば君の夢』では学校の外、つまり女子校生である登場人物に対する絶対的他者である男性の視点が絶えず意識されている。ミスコンで優勝して男子校ミスターである彼氏に認めてもらおうと必死に思うがあまり悲劇的結果になる宇佐美(庄司)や、自分が愛情に等しい尊敬の念を抱く兄に見てもらおうと懸命に働く委員長(中江)など、ジェンダー論や、女子校という閉じた社会に対する冷徹なまでに客観的な存在がおかれている。また、自分自身の不甲斐なさから宇佐美を狂信し、共依存にいたる都(小西)や自らの夢に潜む不純さに悩むさく(山邉)の在り方も作品が持つ不安定な美しさを際立たせている。

映像手法も興味深い。ロッカー上にふてぶてしく横たわるりこ(新井)が教室が出るまでをパンで切り取ってから各キャラの立場をスプリットスクリーンで手際よく、かつ詩的に描くオープニングや、各キャラのターニングポイントとなる長台詞のシーンでじわりじわりとカメラがキャラに近づくことでもたらされる緊張感やクライマックスの<跳躍>の撮り方など大林宣彦を思わせるカメラワークが多用される。また「自分の内面と外側の世界がつながる」後半以降は序盤で構築された各キャラの内面がそれぞれの形で溶け出す場面が用意されているが、これまた大林宣彦を思わせる哲学的かつ抽象的な台詞の応酬の中でハッとする台詞が放り込まれるから油断できない。特に文化祭後の委員長と兄の会話は映像表現、台詞共に作品中最も抽象的である為にここで離脱してしまう観客が出てもおかしくないかも。映像表現単体ではミスコンでのさくのパフォーマンスシーンの美しさは一見の価値有り。純白のドレスを纏って日の光を浴びながら全力で自由の舞踏を見せつける姿は、個人的に血染めのドレスで破壊の限りを尽くした『キャリー』を連想した。

エンドロールでは素の女子流メンバーが作品中とは打って変わって持ち前の仲の良さを振りまきながら夜のプールサイドで遊ぶ姿を長回しで見せたかと思ったら、ラストで余りに上品なカーテンコールで幕を下ろされるため、実に気持ちいい不思議な余韻で包まれる。5人のキャラ全員にそれぞれの葛藤や関係性が90分弱で描かれるため1度の鑑賞で全てを受け止めきるのは難しいが、その消化不良感も本作の魅力だと思う。